短編 | ナノ


▼ 葉宮




「み、や、じ、さぁん!」
「………あ?誰だお前」
「え、まじで?覚えてないの?」

洛山に惨敗したあと、俺は惨めに泣いた。後輩とかに見られたくないのもあって、人気のない裏口の近くの階段に1人で座って。少し落ち着いた頃、誰かが来ることもなかった静寂を間抜けな声がぶち壊した。
一瞬高尾か、と思ったが高尾より少し高めの声で、その声の主が分からず顔を上げてみると知らない顔。マジ誰だよ、お前。

「酷いなあ。さっきまで一緒にゲームしてたのに。相手チームの顔くらい覚えてて当然じゃない?」

そう言いながら自分のジャージの左胸を指差す短髪の男。そこには''洛山''の文字。

「…なんの用だ」
「わ、一気に殺気出てるよー怖いよー!」
「ったりめーだろ、今見たくもねーよその文字も、お前の顔も。つーか話すのも胸糞悪ぃし、どっか行ってくんね?」
「う、そんなぁ。オレはちょーっと宮地さんとお話ししたいだけで」
「お前がどっか行かねーなら俺が行く」
「わーーー!!ちょっと待ってよ!気持ちはわかるけどさ!ちょっとでいいんだ!」

まず負けたばっかりで気分が滅入ってることがわかっているくせにいちいちここまで探して話し掛けてくるこの図太い神経にイライラするしこの無神経な顔にもムカつくしつーか敬語使え、敬語。

「なんだよ」
「あのさあのさ!宮地さんこのグループ、好き!?」

ジャージのポケットからごそごそと何か手探って取り出したのはスマホで、画面を見せ付ける短髪。そこには紛れもない俺の推しメンのあの子の姿が。

「うおおおおおお!?」

思わず叫んでしまい、短髪がそれを見て一瞬怯んだあと、食いつきすぎだろと笑い出した。

「な、お前も好きなのか」
「いや、オレはそんなに好きじゃないんだけどさ、宮地さんがドルオタだってどっかで聞いたからさ。これ、ブロマイドなんだけどこの間バイト先で貰ってさ。よかったら貰「くれ!!!!」

間髪入れず掴みかかる。うお、という声と共にバランスを崩す短髪がまた爆笑した。

「さっきと全然態度が違うんだけど!」
「当たり前だバスケとコレは別もんだ。いいからくれ。」
「いいよいいよ、生憎今は持ってないからさ、今度また連絡してもいいかな。」
「おう。」

ケータイを取り出そうとジャージのポケットを探るが、そういえば悔しすぎていっぱいいっぱいでケータイどころじゃなかったな、とカバンの中に忘れてきたことを思い出す。

「悪い、カバンの中にケータイ忘れてきちまったみたいだ」
「じゃあ取りに行く?」
「ああ、お前も行くか?」
「もちろん!ここで待ってろっていうの?」
「お前がそうしたいならそうすればいいけど。戻ってくるし。」
「やだやだ。寂しいしついて行くよ。」

そう言って俺の隣に立って歩き出す短髪。つーかこいつの名前、なんだっけ。今思い出してきたけど、は、なんとかだったような。

「お前名前なんだっけ。は、ハマサキ?ハグキ?とかそんな感じだったよな」
「ぶはっ、歯茎って!酷くない!?葉山だよ、葉山!」
「ハヤマか。字はどー書くの。羽に山?それとも葉っぱの葉に山?」
「葉っぱの方だよ!少しはオレに興味持ってくれたの?」
「別に。登録するときに名前知らねーと不便だろ。」
「そこか!うわー葉山くん傷ついたー」
「ブロマイド貰ったら用済みだし。」
「うう、そんなこと言わないでよー。俺がなんでいちいち宮地さん探してブロマイドあげようと思ったかとか思わないわけ?」
「ただの物好きなんじゃねーの?」

薄情な気もするがまあぶっちゃけブロマイドが無かったらこんな無神経野郎と絡もうなんて思わない。俺の周りにいるハイテンション馬鹿は1人で十分だ。
他愛のない話をしながら秀徳の楽屋へ戻ると、さっきより大分落ち着いた雰囲気になっていて、噂のハイテンション馬鹿が俺に絡んできた。

「お!宮地さん!次の試合見に行きます?」
「次…誠凛と海常か…ああ、行くわ」
「てか、アレ?後ろの人って洛山の人じゃないっすか?」
「え」

高尾に言われて初めて気付く。こいつ楽屋にまでついてきたのか。普通外で待ってるもんだろうが。
洛山、という言葉に部屋の中が心なしかピリっとする。当たり前だ。こうなることが分からなかったのかこいつ

「どうもどうも!君は秀徳の一年生のホークアイの子だよね?あんまり分からなかったけど!」
「どうもー!無冠のゴショーの葉山さんっすよね?さっきのドリブルすごかったっすー!超五月蝿かったけど」

笑顔で毒を吐く葉山と高尾。なんなんだこいつら女々しい。怖い。

「で、何しにきたんすか葉山さんは、リンチされに来たんですか?」
「まさか!宮地さんのケー番貰いに来ましたー!」

語尾にハートが付きそうな気持ちの悪い声と顔で言う葉山が無性に腹立たしくなって思い切りぶん殴った。痛い、と叫びながらも全然痛そうにしていないのでまたイライラが増した。
さっさとこいつをここから追い出そう。カバンを探ってケータイを取り出し葉山に赤外線、と言い放つ。すると葉山は人のいい笑顔で「ガラケーなんだ!予想通り!」とか言うもんだから高尾に何か武器になるものを持ってこいと催促した。

「ほら、お前もう自分のとこ帰れ」
「えぇーーー。宮地さん一緒に試合見ないのー?」
「見るか馬鹿!なんでお前なんかと一緒に試合見ないといけねーんだよ早く出てけ!」
「えーじゃあちゃんと連絡してね?絶対だよ?」
「あーはいはいわかったから早く消えろ殺すぞ」
「物騒だなーみやじさ」

話が終わる前にドアを閉じて締め出した。あのままあいつを喋らせてたらいつ終わるか分からない。ハァ、と溜息をついて振り返るとすごい形相をした高尾が俺を見ていた。しかも近い。

「な、なんだよ」
「仲いいんですか」
「は?」
「あいつ!俺嫌いです」
「ああ、俺も」
「だったらなんで」
「…色々あんだよ」

まさかブロマイド目当てだとは言いづらくてわざと煙に巻いたような言い方をすると納得行かないらしい高尾が小さく舌打ちして出て行った。

まあ、別にブロマイド貰ったら関わる事も無いし。
これがきっかけでこれからこいつに振り回されて一ヶ月後には付き合う事になるなんて思いもしない俺はアドレス帳を開いてケータイの葉山小太郎という文字を消して洛山の短髪、と書き換えた。




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